
吹を逐て潜かに開く 芳菲の侯を待たず
春を迎へて乍ち変ず 将に雨露の恩を希はむとす
立春の日、内園に花を進る賦
梅の花は、吹き始めたばかりの春風を慕って人知れずもうすでに蕾を開いている。まるで香ぐわしい花が匂うように美しく吹く季節を待ちかねるように、……立春のこの日を迎えると、草木は急にその色を変じ、その美しさを一層増すために雨露の恵みをいっぱい受けようとしている。…
この詩文は、詩歌作成のため教養書として藤原公任<966ー1041>が編した『和漢朗詠集』の冒頭を飾る有名な詩句である。私注等によると、作者は公乗億或は紀淑望ともいわれている。
この詩句は当時の貴族人にもっとも好んで読まれた白楽天の詩を下敷きにしているが、新たな春を迎えて自然の営みを美しく称えた語句である。この文については、梅の花には自身を、雨露には天子のご恩徳を譬えて、自らの栄誉や発展を望んでいるともいわれるが、豊かな自然は単なる個の問題を越えて、万人に新たな恵みや心の潤いをもたらすことはいうまでもない。
四季の推移の中で、立春はまさしく自然が新たに生まれ変わるために胎動を始める時である。陰暦においては、この頃を年初としていたのはまことに自然の理に適っていたことである。年初は人の心や生活においてもっとも著しい変化をもたらす時である。この時ばかりは、人の心を和らげ、嬉々として新年を寿ぎながら、過去から未来へ歩を進める新たな創造への出発とするのである。重苦しい冬の季節から解放され、すべてが新しい息吹をみせる立春の頃の自然は、新年を祝うにはまことに相応しい風情といえる。自然の営みと一体化された新年の祝賀については今の日本には存在しないが、中国においては、一九一二年に中華民国政府が国策として太陽暦の採用を布告したにもかかわらず、春節として立春の頃のお正月の行事が営々として続けられている。
中国のお正月は伝統の国らしくさまざまなしきたりや宗教的行事に彩られて実ににぎやかで多彩である。しかし大晦日から始まる行事や飾り物、食物等すべて一家の幸福を希求するためのものであることは日本と同じである。
中国で旅をしている時に驚かされる激しい爆竹の音は悪霊を打ち払うためのものであるし、門口を飾る紅紙に書かれた春聯の文字は中国ならではの春節を祝う風物詩である。春聯については、歳末から文人や書人がプロ、アマを問わずその健筆を振うが、文字の国らしく、“書春”、“借紙学書”等といった看板をつけた商売用の屋台も各地で登場する。
家々の入口に飾られたこのような文言を見ると、自然とともに生きる人の生き様がしみじみと伝わってくる。
本年の春節は例年よりやや遅く二月中旬頃となるようである。この頃は日本の自然も梅が蕾を開き、山には霞がかかり早春の穏やかな装いを見せていることだろう。
先述した『和漢朗詠集』には詩句に続いて立春の和歌が載せられている。
春立つといふばかりにやみ吉野の山もかすみてけさは見ゆらむ <壬生忠岑>
(立春を迎えたというだけで、雪深い吉野の山も今朝は春らしく霞んで見えているであろうか。)
この歌は、多くの歌論をも残している公任が、『和歌九品』の中で、「上品の上」として最高の評価をした歌である。
故人を偲びながら、立春のよき日を迎えて、新春を寿ぐように、新たな決意でこの一年を歩みたいものである。
2007_2 「書の美」巻頭に寄稿