
表現の簡素さから生まれる余情、さらに至高の理念として尊重された幽玄といった世界は、ことばで語ろうとしても語れない微妙なもので、どちらかというと、気分を象徴的に示すものである。このような情懐を大切にする精神は、温潤でしかも陰影に富んだ日本の風土や、直観力にすぐれ、鋭敏な感受性にたけた日本人の資質と密接につながっていることはいうまでもない。
四季折々お細やかな変化を山川草木や、あるいは花鳥風月などに鮮やかに示していく自然の風趣、あるいは、あたたかい恵みや厳しい試練を時としてもたらす自然の気象等は、独自な日本の風土を形成して、日本人の感性を高め人々にさまざまな美感や感慨を起こさせている。これらは複雑微妙で、ことに鋭敏な日本人の五官にふれると、より多様な情感を生みださせることになっていった。
しかし、日本人はこれらの情感を分析的合理的にはっきり解明することを好まないし、むしろ解明できないような、そこはかとない美感や感慨を楽しんできたといってよいだろう。
余情の意識から更に展開した幽玄という世界も日本人の感性にそったそういった美感の一傾向である。かすかで見きわめがたいというのが文学本来の意味であるが、もとは神秘的な奥深さを言外に感じさせるような静寂な美しさをさしていたと思われる。しかし、これも後になると優腕を基としたやさしく匂いやかな情趣を象徴したり、時には、艶や優美、さらにはあはれなどの繊細優艶な世界を調和させた味わいをさしたり、さらには、わび、さびといった閑寂古淡な美しさを示す等いろいろな内容の情懐を含んでいった。
それには、時代や人によってとらえ方に微妙な相違を示していて、季節感の嗜好や趣味に時代や人による違いがあるのと同じようである。しかし、春の美も冬の美も質を異にしながらもおくまった所でそれぞれの人の胸をうつという共通した美感をもっている。これは趣きとでもいえる人の琴線に響いていくものであろう。
幽玄という世界もいいかえるならば味わい深い興趣とでもいってよく、現象をこえた象徴的内容をもっているものである。
有名な室町時代の歌人である心敬から弟子の兼蔵が聞いた内容をまとめた「心敬僧都庭訓」には、幽玄というものは心にありて詞にいはれぬものなり。月に薄雲のおほひたるや、山の紅葉に秋の霧のかかれる風情を幽玄の姿とするなり。これはいづくか幽玄ぞと問ふにも、いづくといひがたきなり。それを心情得ぬ人は、月はきらきらと晴れてあまねき空にあるこそおもしろけれといはん道理なり。幽玄といふはさらにいづくがおもしろきとも妙なりともいはれぬところなり。
と書かれているが、説明できないものを心で知覚したり、希求していく日本人の美のあり方がよく描かれている。