日本の美(1)

日本人が生み出したさまざまな美をながめてみると、その造型感覚にもやはり独自な要素がみえる。概して幾何学的な整然とした美を尊ぶ西洋では、どちらかというと、規則的合理的で、どんな精巧緻密な造形でも一定の法則によって支えられる傾向が強い。しかしこれに対して、日本の場合は大変複雑で、一定の法則でははっきり割り切れない要素が多い。

ものを配置する場合、同じ要素のものを左右対称にきちんと配していくのを均斉といい、いわゆる量感のようなものでバランスを保っていくのを均衡というが、日本の場合はこの後者の造型感覚が大きな役割を果たしているようである。

例えば右に細高いものが存在しているのに対して、左に同じような高さのものを配さないで、むしろ低いながらも幅のあるものをもってきてなんとか調和を保っていくようなこともその例である。このようなことは、日本の建築や庭園等の美の中に随所にみられることである。むしろ異質なものを配置することによって変化を持たせ、その上に何らかの力を加えながら全体の調和を持たらそうとするのである。

日本美の造形は基本的には縦へ伸びる垂直の力と横に広がる水平の力とが交錯しながら展開されているが、その大小、強弱の組合せによって、随分ニュアンスの違うさまざまな美が表わされている。これらの美の中にはときにおいて均衡のバランスがくずれてアンバランスな状態になっている場合も多い。いやむしろアンバランスな状態を生み出しそれを楽しむ感さえみえるのである。いうならばこれは複雑微妙な味わいをより助長するために、均衡の原理をより発展させていったものともいえるだろう。

この均衡による造形やその発展的造形は、幾何学的な均斉に対して、より情意的、内面的志向が強いことはいうまでもない。これはどちらかというと感覚でとらえながら造形していくため、人間感情と密接なつながりをもつことになるのである。微妙な心情の動きを楽しむ日本人の好みはその造形とも必然的に関わっているといえる。定規やコンパスで描けないような歪みやうねりをもった複雑な形に心を寄せたり、大小広狭、繁簡疎密などの造形処理をいろいろ試みるのもそのためである。

この日本人の微妙な造形感覚はやはり変化に富んだ日本の地勢や風土が長い年月のあいだに育んできたものといえよう。山と海が極度に接近した地形は高低をもって入りくみ様々な諸相を見せている。しかも四季の推移が自然に多様な変化を与えて、人々の情懐にさまざまな興趣をおこさせている。

前にもふれたように、日本人にはより自然的要素を尊ぶが、自然のもつ本質をより洗練させながらその造形美を再現しようとしているともいえる。

 

 

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